第26章 迷い
「君はもう私の妻なんだ。いつまでも過去の男を引き摺られて
良い気はしない。いい加減、私だけを見てくれ」
「そうだな。今はお主の妻だ。だから夫がどうしようもない
我儘を言って部下を困らせていたので苦言を呈しただけだ。
お主に最も効果的な言い回しでな…」
さらりと言われた言葉にエルヴィンは目を丸くして驚く。
ナナシは今、自分の夫はエルヴィンだと言ったのだ。
昔の男と比較され嫌味を言われるのは相当堪えるものがあるが、
それを差し引いても喜びの感情が勝る。
「そ、それは…夫である私の為に仕方なく言ってくれた、と?」
「私の夫がもう少し私離れして、真面目に仕事をする
格好良い姿を見せてくれると、此方も有り難いのだが?」
「わかった。君が格好良い夫の姿を見られるように
全力で仕事をするよ」
俄然やる気になったエルヴィンの書類捌きは物凄く早く
・・・しかもこれが正確なのだから、彼の実力は相当のものだ。
今まで空気だったが一緒にいたミケもエルヴィンの
切り替わり具合に驚きつつ、ナナシに感謝した。
「お陰で助かった。感謝する。・・・それにしても、
おまえはエルヴィンの操り方をわかってきているな」
前半は真剣に、後半はからかいの含んだ声色で言ったミケに、
ナナシはゲンナリしながら返す。