第10章 _________礼
「着いた」
「え?着いたって……………あ」
「この近くなんだろ?」
気づけばそこは家のすぐ近くにあるレストランの真ん前。家も目視出来るほどに近く、見覚えのある店と風景が目に入ってきた。
「はい。ありがとうございます…って、私、家の場所教えましたっけ?」
「ここに近いって事だけ教えてもらった。探偵助手に」
「………そうですか」
近いと知っているという事は家の場所を知っている可能性が高いという事で。その探偵助手にも家の場所は教えていないはずなのだが。
この際理由は追及しない事にする。
「あ。上着ありがとうございました。汚しちゃったし…クリーニングに出してお返ししたいんですけど…」
「いーよ。そんくらい」
「でも」
「安物だから大丈夫」
「そういう問題じゃ…だって私、倒れたのを助けてもらったのに、お返しが何もできません」
親切には親切で返したい。このまま何もせず上着を返してしまえば、お金を借りたまま返さないのと一緒な気がして何か嫌だった。
それに何だか、このまま帰るのも勿体ないような気がして。
どうすればいいだろうと考える。
お茶でもどうですかと言いかけたが、相手はまだ仕事中だろう。そう考えると、このまま大人しく帰った方がいいのだろうか。
悩んでいると、ふっと刑事さんは笑ったようだった。
「…じゃあ、悪いけどそれ預けるわ」
「あ、…はい」
「で、次に会った時に返してくれりゃいいから」
次。
私は刑事さんを見つめる。
濁りのない視線が真っ直ぐに私を貫いていて、芯の硬さを感じる。
次第に嬉しさと恥ずかしさが混じって、思わず俯いた。
「…わかりました」
声に嬉しさが混じっていると、自分でも分かる。
なんだろう、この嬉しさは。あと妙にどきどきするのだ。
グレーのスーツをしっかりと握りしめて、ぺこんと頭を下げた。