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真鍮の寂び(銀魂:銀時夢) 注:非恋愛

第1章 真鍮の寂び


筆使いは裸婦画とは違って荒々しく、掠れや絵の具の塊が立体的にキャンバスへ乗せられている。今まで仕分けしてきた写真のように正確で、正統派とも取れる描き方とは違うが、それでも今までにないほどリアルな説得力が存在していた。

布を近くにある別のキャンバスの上に放り投げた依頼人は絵を見つめたままの銀時に説明を少し与える。

「元々この絵が完成すりゃ引退する予定だったんだよ。あたしの集大成として発表したかったんだが、最後の最後でスランプってやつに陥ってねェ」

「これで完成で良いじゃねーのか?」

ぱっと見、何も描き残した部分はないように思える。荒い手法だから未完成の部分が見つかりにくいだけなのかもしれないが、少なくとも素人目にはサインがないだけで立派な作品に見えた。

「ここ見てみな」

キャンバスの端、画面の中で一番小さく描かれている人物に彼女は指をさす。示された人物は遠くの茶屋の長椅子に腰掛けている若い女性の姿。手には何やら紙と筆を持っているようだが、なんの変哲もない脇役だ。何をそんなにこだわるのか分からず、銀時は怪訝そうな表情を浮かべる。そんな銀時を察して依頼人は明確な答えを言い渡す。

「その女の顔が描けないんだよ」

答えを知った上で見直すと、確かに女性の顔は未完成かもしれない。目や鼻はぼやけた陰影だけで表現され、具体的なパーツはなかった。他の人物はしっかりと感情や表情が伺えるので、一人だけ顔がないのは変かもしれない。しかし、女性は手元の紙に向かって少し俯いている訳だし、脇役中の脇役に立派な顔を与える必要はないような気がする。どうしても顔を描きたいのなら捏造なりモデルなりを使えば良いだけだと思うのだが、どうにも銀時には理解できないこだわりを持っているようだ。

「こいつの顔ができなくて何か支障でもあんのか?」

「その女はあたしなんだ。もう何十年も昔のね」

新たな情報に少し目を見開く。僅かな驚きを魅せる銀時に証明するように、依頼人は画架の裏に隠れていたカラーボックスから一冊の分厚いスケッチブックを取り出し、銀時に手渡した。和綴じされた中身を開けば黄ばんだ紙にびっしりと人物画が墨汁で描き留められている。ベージ毎にスケッチをした日付と場所がメモされており、その中でもいくつかのページに半透明の付箋紙が貼られ、そこに描かれている人物はキャンバス上にも登場していた。
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