【跡部】All′s fair in Love&War
第29章 はじまりのつづき(中編)
「なぁ、ミカエル。一目惚れ、は有り得ると思うか」
放課後、部活も終わった。迎えに来た車に、身体を滑り込ませる。ご苦労さまでした、と声をかけられ、久しぶりのプライベート空間に何処か安堵する。そして生温い安心に包まれたまま、執事のミカエルに問う。幼い頃から共にいる老執事は、信頼の置ける相談相手だった。
「…ヒトメボレ、でございますか?」
そのたどたどしい単語に、彼の辞書にまだない言葉だったか、と察する。幾ら日本語が堪能とはいえ、彼は英語を母国語とする人間だ、たまに忘れてしまいそうになるが。
「あー…Had on a clash.だ」
それを表す言葉は他にもある気がしたが、あえてスラングめいた表現を使う。衝撃、という単語が一番しっくりくる、と思った。
「clash、ですか」
「あぁ、有り得ると思うか」
「…言葉として存在しているのですから、多くの人に見られる現象なのでしょうね」
バックミラー越しに、こちらを見ている彼の目を睨む。そんな一般論を求めている訳じゃない――しかしミカエルはそんな俺を見透かすように、僅かに微笑んだ。
「ぼっちゃま、今からお伝えする内容は、私共だけの秘密として頂けますか?」
急に潜められる声、そして湛えられたままの微笑みに小さく頷く。
「ぼっちゃまのお父様とお母様は、学生時代に出会われたのですよ。そしてそのままお付き合いをされ、大人になり結婚、と至った時――貴方のお爺様は、大層それに反対されました。一人娘のお母様は、もっと跡部家を盤石にする為の結婚をしなければならない、と」
父が婿養子だ、とは聞いたことがあった。それ以上の話は初耳で、興味深く耳を傾ける。それならば、と頷ける祖父から父への厳しい態度。幼い頃、俺はそれを見るのが嫌で仕方なかった――
「しかしお二人でお爺様を説得され、結婚されました。そして、ぼっちゃまがお生まれになりました。お爺様は会長とはなられましたが、社長であるお父様ではなく、貴方に全てを引き継ぎたいとお考えです」
その事は、耳にタコが出来るほど祖父から聞かされた。自分に興味が向けられていれば、父が何か言われることも減るだろう、と考えていた事を思い出す。