第32章 繋ぐ
信長目線
なおが出て行った後を、佐助が追うのが目の端にうつる。
「信長様…少し二人に時間をください」
側で酌をしていた沙耶が俺にそっと呟く。
「わかっておる」
そう小さく返すものの、腹の底から湧いてくるものを止めることは難しい。
【嫉妬】
なおへの愛を自覚したと同時に、その感情にも気がついた。
なおの自分への愛を信じている。
だが…一抹の不安が頭をよぎる。
『なおが俺を捨てる』
そんな事がないとは言いきれない。
絶対などということは…ないのだから…。
次々と頭を駆け巡る不安を流すように、酒を煽る。
「…不安…ですか」
空になった盃に酒を注ぎながら、沙耶が俺を見つめ微笑む。
「……」
黙っていれば、肯定と取られても仕方ないが、告げる言葉は出てこない。
今まで、好む好まないその様な感情で動くことなど、愚の骨頂だと思っていた。
為すべきことの為に何をするべきか?それが大きな判断基準だった。
『だが…なおの事となると……。前者の基準が大半を占める』
だが、それを基準と置いたとしても、そこになおの意思がなければ…なおの意思を尊重したいと思うと……。
『その通りにも動けない』
そして…今の様に、苦々しい苦しさが胸を締め付ける。
「その苦しささえも、愛おしいと思う時が来ます」
そんな想いすら見透かす様に、沙耶は微笑み告げる。
「…わからぬ。苦しさが愛おしいなど…」
俺は注がれた酒を煽る。
「その苦しみは…信長様がなおを想う故。想いもしなければ…ないものです。
想える幸せは、そんなに簡単に手に入るものではないから…愛おしいのです。
まして、それをお互いが感じ入れるものなら…更にその愛おしさは増すから…」
沙耶はそう言うと、信玄達と酒を煽っている謙信を見つめている。
「私は…今だに女中にすら嫉妬する。年もあります。子も成せるかわからない。自信など微塵もないのです。
でも、その苦しさも謙信様は受け止めてくれるから…。
そして、謙信様もきっと今貴方に嫉妬してる。
彼も自信がないから…」
そうやって、少しづつ不安も苦しさも分け合って、愛を深めていくのだと……沙耶は微笑んだ。