第9章 ep9 唯一
「好きな人・・・」
そう呟いて、脳裏に思い浮かぶのはただ一人。
「うん、います・・・」
「それって・・・」
五年前、確かにその気持ちがあって、しかし何もできず、そのまま離れ離れになった。
しばらく気持ちは残っていたが、時が流れ、バレーに打ち込む日々の中、少しずつ記憶と共にその気持ちは薄れていっていた。
しかし、また出会ったことで、閉ざしていた想いが再び溢れ出てきてしまった・・・
「その人って、2年の及川さんだったり、しますか・・・?」
ーーー・・・
「・・・うん」
本当に、ごめんね。と詫びる彼女の声がする。
「いえ、こちらこそ、話聞いてくれてありがとうございました!悔しいですけど、俺も及川さんかっこいいって思うし、お似合いだと思います、頑張ってください!」
(やばい、こっち来る・・・!)
・・・及川は慌てて柱に身を隠す。
先程及川が立っていた場所を男子生徒が走り去っていく足音がする。
盗み聞きするつもりはなく、りこを探していたらちょうど彼女が告白されているところで、出るに出られない状況に陥ってやむを得ず事が終わるまで待機していたのだ。
すると、とんでもない事を聞いてしまった。
(りこが・・・・・・俺を・・・?)
口元に手を当てて、そして頭を整理する。
りこが誰を?俺を?
りこは俺を好き?
いつから?本当に、俺を?
全然収集がつかない。
及川は弾かれたようにその場を後にするーーー・・・
言ってしまった。
認めてしまった・・・
体操着を握りしめ、りこは赤らんだ頬を隠す・・・
そして、
「徹くん・・・」
あの頃と同じ呼び名で、あの頃と同じ想い人を想う・・・
その声は、先程まで近くにいた及川には、届いていなかった・・・ーーー