第5章 *君が笑わない世界*
「婚約を…解消してほしいの」
一瞬、時が止まった。
「どう…して…」
そんな言葉しか出てこない。
「私はこの状態でいつ公務に戻れるかも分からないしルイにこれ以上無理をさせたくないの」
「俺は無理なんてしてない。焦らずに少しずつ公務に戻っていけば──
「……っ…もう…辛いの…!私がもうここから逃げたいの。無責任だってわかってる…けど…もう…」
堪えていた涙がユイの頬を伝う。
でも嘘だ。ユイは自分のためにここから逃げ出すなんて絶対に言わない。でも本当の理由を聞いても答えないんだろう。
(なんとかして説得しないと…)
「ウィスタリアを出るつもりなの?」
「そう…だよ…私は急病で亡くなったことにしてもらおうと…思ってる」
してもらう、という事は国民を騙す事になる。でも、それをユイは俺から目を逸らさずに言い切った。
(ユイは本気だ…)
「ユイが本気でそう思っていることは分かったよ。でもウィスタリアの時期国王としても、君の婚約者としても今すぐそれを認めることは出来ない。2日間だけ時間をほしい」
「わかった…」
「じゃあ…もう夜も遅いから行くね。話してくれてありがとう」
これ以上何を言っても刺激してしまい、婚約解消を急がせてしまう結果になりかねない。よく見るとユイの体の震えも大きくなっているし今は一人にしてあげた方がいい。
(でも…これだけなら…)
「ユイ」
ドアノブに手をかけながらその名前を呼ぶ。
「何…?」
「大好きだよ」
ドアを閉める直前、後ろからユイが驚いたような声が聞こえた気がした。
廊下を歩きながら冷静になり、これからのことを考える。
(絶対…ユイをこの国から出ていかせたりしない。仕方ないけど…アイツの所に行くか。確か今ちょっと城に来てるはずだ)
俺は、少し早足で執務室へと向かった。