第18章 支える手
「俺はケーキを作った事はまだ無い」
「…え」
「食料の買い物はお前に任せているから冷蔵庫に何が入っているかも把握出来ていないし、秋冬の服がどこにまとめてあるのかも知らない」
「………」
「あの部屋を決めた時、壁紙とカーテンと家具の色を決めたのもお前だろう。あの色合いは俺も気に入っている。お前が作る料理の味が好きでいつも真似てみるが上手くいかない。家はいつ掃除されているのかいつも綺麗だし、玄関も片付いている。風呂場のカビも見つけたと思うと次の日には無い」
「…………」
「お前に支えられている部分はまだまだたくさんあるというのに、まだそんな事が言えるのか?」
私はバージルの顔を見上げる。
彼は嘘を嫌う。澄んだ瞳が真っ直ぐ見つめていて、何だか涙が出そうになった。
「…ごめ、ん」
「お前は努力していないわけでもないだろう。分かったならもう二度と口にするな」
気付けなかった。
その事にまた自己嫌悪が募ったが、ひどく救われた気もした。
一緒に暮らしている以上、どこかで必ず支え合っているものだ。相手の不足を補い、自分の不足を補われる。
それは自分からしてみれば小さな支えかもしれないが、相手にしてみれば大きな支えかもしれない。
自分は支えている事に気付いていないかもしれないが、相手にしてみれば支えられていると思うかもしれない。
一緒にいるとは、多分そういう事だ。
それだけの、それほどの事だ。
「…帰るぞ」
白くすらりとした手が差し出された。バージルの手。
私もたくさん、支えられている。
私は迷わずその手に自分の手を乗せた。
2008/08/23