第8章 あんず飴
「わあー…人多いね」
「祭だからな」
人混みうねる公園の中を縫い歩く。
はこの日の為に綺麗にしまっておいた浴衣を着ていた。
鈴付きの巾着がちりちりと音を立て、からころと足音がバージルのあとをついていく。
「…何かさっきから見られてない?」
「気のせいだろう」
興味なさそうに言うバージルはシャツにストレートパンツというシンプルないでたち。それでも彼の魅力は十分に引き立てられていて。
気のせいなんかじゃない。は知っていた。
視線のもとをたどれば女性ばかり。
気づいてないでしょ。ここの中で一番格好いいのよ、貴方。
繊細ながらも強い存在を感じさせる背中。いつの間にか見とれていると。
不意に人波がうねり、を押し返した。
「わぷっ! バージ…!」
一瞬。
一瞬で、引き離され。
バージルはこちらに気付く様子もない。とっさに手を伸ばすが届かない。
あぁ、声も届かないのね。
あっという間にバージルは見えなくなった。
「うーん…どうしよ」
人波から少し離れた所にぽつんと立つ。屋台をひとつも回らないうちに早々にバージルとはぐれてしまった。
迷子になった場合、やたら動き回らない方がいいというのは知っている。
バージルがこの公園内にいるのは確かなのだ。入り口では待つ事にした。
背中には提灯の優しい灯火。
目の前には人混みの賑やかなざわめき。
不安はなかった。バージルは来てくれるとわかっていたから。
ただ、女の人に逆ナンされてなければいいなと。
思って、何て呑気な不安なんだろうと笑う。
しかし事態は案外と深刻で。バージル本人に自覚がないために、今まで女性に騙され捕まる事もしばしば。
バージルが浴衣で来なくてよかった。もし浴衣だったら、あの色気にやられた人が拐うようにバージルを連れていきそうだ。
ふと横を見ると、あんず飴の屋台があった。
はぐれたお詫びにバージルに買ってみようか。は歩み寄る。