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私を愛したモノなど

第5章 闇夜の調べ



にやりと笑った男は尻尾を掴んでやったとでも言いたげに鼻を鳴らすと、何とも強引にそのドアを開け放った。
その音に紛れて思わず舌打ちを鳴らす程には腹を立てたハイデスだったが、それ以上にこの瞬間が訪れる事に緊張していた。首筋をヒヤリとした汗が落ちた。

さて、鬼が出るか蛇が出るか。それはハイデス自身も分からなかった。

そうして無意識にも、ごくんとハイデスの喉が鳴った瞬間、乱暴に開かれた扉の向こうから、何とも可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

「……小娘、貴様だな?」

その声に、思わず体が反応する。咄嗟にその鈴の様な声の主を守ろうと動く体を、隣にいたジェイドが片手で止めていた。
大股で近付いていく男の背中を、緊張して見つめながら深呼吸し、今度は冷静に形だけでも守る体勢を見せた。

何ですかと、怯えた風に男を見る乙女はハイデスがが愛したあの子と寸分の狂いもない程にそっくりで、その声ですら彼女そのものであった。

「……おい、ただの娘だぞ。魔力すらろくにない小娘だ。」

偉そうに、傲慢そうに言う男とその乙女の間に私は割って入った。

「ルートヴィヒ卿、貴殿が何を仰っているのか、私には分かりませぬな。ただ……私の大切な娘の部屋へ無断で押し入り、恐怖に怯えさせたという事以外は。」

後ろにいるであろう、彼女の声を発するその人物は敢えて視界に入れないようにして、今は目の前の大男を見る。ギラリと睨みをきかせると、ここまで大きく動いてきた計画の当てが外れ苦虫を嚙み潰したような表情をすると、バツが悪そうに出ていった。あとはジェイドに任せようとハイデスがその背中を追う事はなかった。

静かになったこの部屋でパタンと扉を閉める音に緊張感があった。
ハイデスが振り返ったそこには、先程と同じ場所、同じ姿勢、人形のように無表情のアンリが……いや、アンリの姿をした何者かがいた。

「……ハイデス・ファン・クロヴィスだ。ルシスには世話になっている。」

あまりにも他人行儀な言葉だが、ハイデスはこの時これ以外の言葉が思い浮かばなかった。
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