第4章 3 夢か現か幻か
ゆっくりと、息を吸って、この時を何とか耐えた。
彼女を、学園に連れて行くという、その言葉にどうしようもない焦燥感を覚えるが、今こうして彼女の顔さえまともに見ることが出来ない私が、一体何が出来ようというのか。
今はただ彼女の無事が、今は何よりも大切だと、そう思うべきなのか。
「……何も、会えなくなる訳ではありません。まとまった休日には会えますし、何より今は少し此方は時間が必要なのです。それに、また奴が貴女を拐いに来たとして、護り切れる確証がない。あの学園は、本来天女を封印し、護る為の絶対防御の結界があります。この世界の何処よりも貴女にとって安全な場所の筈です。」
「……分かりました。よろしくお願いいたします。」
彼女に、というよりは、今の私への言葉なのだろうかとさえ感じるルシスの説明に、私は静かに目を閉じた。彼女の承諾した台詞を聞いて、もう変えられようのないことなのだと、そう思わされるには充分すぎる状況であった。
だが、認めたく無かった。
「構いませんね、ハイデス。」
くそが。
何一つ、私の中では納得なんてしていない。
ふざけるな。馬鹿げている。勝手に決めるんじゃない。
私は何も、答えてなど、いない。
嫌だ、嫌だ、いやだ。
まるで子供みたいだ。
私が、今、どんな想いで彼女の隣に座っていると思ってやがる。
くそ、くそが。反吐が出る。
今すぐにでもその澄ました顔を力の限り地に伏せさせてやりたい程だ。
ぎり、と歯を食いしばって、絞り出した言葉は、あまりにも短く、そしてあまりにも冷めたものだった。
ジェイドが来て、彼女を部屋から出したその後も、私は暫くこの場所を動けなかった。
ルシスも、その場から動くことはなかった。
そうして、ゆっくりと顔を上げて見たこの男がそのどこまでも黒い瞳の奥底で、一体何を考えているのか、私には分からなかった。
「……彼女に万が一があったならば、どんな手を使ってでも貴様の首を落としに向かう。」
「フフフ、それはいい。愛弟子の成長は喜ばしいものですねぇ。」