第8章 護身術
「……あぁ。そうだ。…あぁ。 あぁ、わかってるって。場所は?………わかった。すぐ行く」
ちん、と電話を置く音。
椅子の軋む音。
ブーツの重い音。
―――仕事…か…
ぼんやりと思う。感情はもう生まれないと思っていたのに、やっぱりどこかで落胆した。
ここのところ仕事が立て続けに入って、二人で過ごす時間は少なくなっていて。
今日仕事が入らなかったら、一緒に出かける予定だったのに。
は一人、ダンテには見えないように唇を尖らせる。
ソファに座る私に、コートを指にひっかけたダンテが近づいた。
「仕事だ。行ってくる」
「……うん」
嫌だ。
行かないで。
そう言えたらどんなにいいか。言いたいのに言えない。
ダンテは、複雑そうな顔をするの頭に手を置いてくしゃっとなでると、離れていった。
最近は、仕事が入っても残念がらなくなったダンテ。
前はたくさん謝ってくれて、行こうかどうしようか散々悩んで、悔しそうな顔をして出て行ったのに。
もう、何とも思ってくれないの?
私と過ごせなくても、全然大丈夫なの?
――行かないでよ…
言えない。年上の私がわがままなんて。
大人なんだ。我慢しないといけない。
年齢差が憎い。年下だったら、言えたかもしれないのに。
子供っぽいわがままの許されない年齢。
ダンテだって命を賭けて悪魔と闘ってるのだ。手にした銃も剣も決してお飾りではないし玩具でもない、撃ったら死ぬし斬ったら死ぬ。
無事を祈り、待つしかない。
「外に出るなよ。場所、近いからな」
「ん。 気をつけて」
「あぁ」
ダンテは双銃と愛剣を担ぐと、家を出た。私は何も言わずそれを見送る。
出る瞬間、ダンテが振り返った。
一瞬だけ見えた、薄い笑み。
も笑う。
――バタン
「…はぁ……」
行ってしまった。魂が抜けたような気分になる。
寂しい。
気持ちが落ちていく。
ダンテは、私がいつもこんな気持ちになる事を知ってるのだろうか?
きっと知らないだろう。言った事がないのだから。
文句の一つでも言ってやりたかったが、何を言っても子供じみた言い訳になる気がした。