第55章 贅沢
夕食を切り上げてからというものダンテは部屋から全く出て来ず、いつもの爆音も聴こえなければ物音ひとつしなかった。
夜になり、もベッドに潜って眠りにつき、人の気配に満ちている事務所がしいんと静まりかえった頃。
の部屋に気配が浸る。
はすぐに目が覚めた。彼女は眠りが浅い方で、少しの物音で意識が引っ張られてしまう。
が寝ているとわかっていながらこうも遠慮なく部屋に入ってくる気配に、内心戸惑いを隠せなかった。
だって。
こんな不躾な真似をするのは。
「…ダンテ?」
小声でささやいて上半身だけ身体を起こし、気配に視線を向ける。
彼はそれほど驚いた様子もなく近づいてきた。
「無理だろ普通」
を見下ろして顔をしかめているダンテ。
「触るなっつわれて分かった事は、いつも俺がどんだけに触れたがっていたかって事だ」
「う……ん」
「触れたかったら触れる。でも禁止令が出た今じゃ触れたくても触れらんねえ。目の前にあるのに、見るしかできねえ」
「うんまあ自業自得だけどね」
「うるせーな!とにかく俺はそれが我慢なんねえんだよ」
「触ること?」
「ああ」
「触る事ってそんなに大事?」
「大事だろ。は俺に触れなくても大丈夫なのかよ」
「まあ。だってダンテはそこにいるし。いるなら、大丈夫でしょう」
そう言うと、ダンテは悲しそうな顔をした。
悲観したような、残念そうな、傷ついたような、顔をして。
「贅沢だな」
呟いて。
「いつ触れられなくなるか、わかんねぇってのに」
するりとの頬に触れた。