第33章 雨
「あ…ごめん、思い出させた?」
心配そうな声。失言だった。
自分はいつもこういう言い回しがきかないと、心の中で舌打ち。
「そんなんじゃねぇよ。気にすんな」
「ん」
ちょっと黙る。ダンテもあえてそれを埋めない。
考えているのだろうか。いくらか間が開いて、彼女はゆっくりと口を開いた。
「…私は、雨好き」
「へえ。なんで?」
「ダンテは雨が似合うから。嫌な意味じゃないよ?でも雨が髪に当たると、髪が星みたいにきらきら光って…」
「水も滴るいい男か。惚れた?」
わざと意地悪そうに言うと、は少しだけ唇をとがらせた。
頬が紅潮しているのも気のせいではないだろう。
「そういうんじゃなくて!いやそれもあるけど、言いたいのはそうじゃなくてね!」
「はいはい」
「…あと、雨は汚れを流してくれるでしょう?」
ダンテの表情が変わる。しかし正面を向いている為、からは見えない。真剣な顔。
彼女はやはり自分の心の内が見えているのだろうか。
「どんなに汚れがついても、たくさん雨が降ればいつか綺麗に落ちる。汚れの奥の大切な大切なものを見せて気付かせてくれる。それはきっと、飾りも何もないありのままのものだと思う」
思い出すのは雨と月。
あの時の冷たさと息遣いと剣が交わる音と。
同じ顔と翻る青と貫く銀と。
「例えそれが自分にとって嫌なものでも、忘れちゃいけない大事なものなのよ。それに気付かせてくれる雨は好き」
いつか。
いつか自分も、こんな風に考えられる時が来るだろうか。
あの日をあの出来事を、大事だったと思える日が。
「……そうか」
なら俺にとっての雨はだな、と。
呟いたが、には届かずに風に紛れた。
2007/07/08