第10章 変化
言葉を聞いたはまるで、目隠しをして宙に身を放り投げられたようだった。
浮遊感。
地面を探して手も足ものばすのに、届かない。
「…え……」
今までの事も忘れ、は呆然と呟いた。
忘れるのに十分過ぎるくらい、その一言がやけに衝撃的だった。
顔を離したヒュウイは、やっぱり余裕の笑みで驚く様子を眺めていて。
すっと手をのばして、の濡れた唇を親指でぬぐう。
「!!」
ばっと身を引いたは、唇を覆った。
後ずさる。
ヒュウイはそれに鼻で笑うと、何も言わず出て行った。
も何も聞かない。
聞いても答えてくれない事はわかっていた。
脳裏に浮かぶのはバージルの背中。
ためらった末に行ってらっしゃいと告げた時、ぴたりと動きが止まったのがわかった。
すぐにドアに隠されてしまったが。
―――出て行った…バージルが?
ヒュウイが消えていったドアを見つめる。
らしくない気もした。
この家をまるまる放って、逃げるような真似をするなんて。
しかし同時に、納得もした。
バージルなら、大切な人の為に自分を犠牲にしそうだと思っていたから。
―――大切な…
大切な人。
それが本当に私なの?
切っ掛けはひとつしか思いつかない。昨日の朝の事があったから、出て行った?
好きだと言ってくれたのはすごく嬉しかった。
利益も何も関係なく、純粋にそう言って貰えたのは久しぶりだったから。
だけど。だけど、私は。
その気持ちに答える自信がない。
いつかバージルを押し潰してしまいそう。
こんな歪んだ人間の気持ちなんて、きっとどこかが歪んでねじれている。
それでも今はなぜか、バージルに会いたかった。
いつも優しく触れて来る笑顔を、手を、目の前で見たかった。