第8章 髪切り
その時。
「―――!」
バージルは反射的に身体を離した。それと同時に、キッチンのドアが開き。
「飯だ! 有り難く席につけ!」
フライパン片手にヒュウイが現れた。
バージルは息をつく。
あともう少しだったのにと肩を落とし、同時に突然、恐怖が。
俺は何をしようとした?
首筋に触れるだけのつもりが、撫でた上に頬に口づけを―――
そっとを見上げると、彼女もバージルを見ていたようでぱっと顔を背けた。
ちくりと。
心に鋭い針が刺さる。
―――俺は…
後悔が吹き上がり、締め付けた。
やらなければよかった。
どうしてやめなかった。
に無理矢理口づけなど、絶対にしたくなかったのに―――
急激に落ち込む気持ちの中床に膝を付き、切った髪を集める。
ぱたぱたと音がして、が走り去って行ったのが分かった。
それから食事に入ってもはバージルと目を合わさず、ふとした瞬間目が合ったとしても視線を素早くそらせるばかりで。
バージルの心は、まるで重りをつけたように沈んでいた。
しかしヒュウイが何も言って来ないのは驚きだった。
気付いているだろうに、何も聞いて来ないし言って来ない。
ただ、いつもと同じようににばかり話しかけて、バージルには文句ばかりを。
次第に苛立つ気持ち。
ちらりとを見ると、彼女はヒュウイに笑いかけていて。
暗い気持ちが広がる。
神経がとがる。
―――嫌われたか。
嫉妬と怒りと後悔の炎が混じる。
しかしやはり、表には少しもそれを出さず、バージルは食べ終えた食器を片付けると、早々にキッチンを去った。