第10章 傀儡…
「何をしているの、早くこの子をどこかへやって頂戴」
掴んだ母様の着物の裾を離すまいと、必死に縋る智子の手をぴしゃりと叩くと、母様は渾身の力を込めて父様を抱き起こし、壁に凭せ掛けた。
そしてその横にぴたりと寄り添い、力を失くした手に自分の指を絡め、物言わぬ唇にそっと口付けた。
「あなたは私の物…」
小さく呟き、そっと瞼を閉じた。
僕は泣き崩れる智子に駆け寄り、その震える小さな身体を抱え込み、露台まで飛び出た。
「いやっ…、離してっ…! 母さまが…、兄さま、母さまが…っ…!」
「智子っ…!」
僕は智子の涙で濡れた頬を両手で挟み込むと、赤い果実のような唇に口付けを一つした。
「智子はさっき言ったよね? 母様みたいなお母さんになる、と…。ならば智子も母様のように、命懸けでお腹の子を守らないと…。分かるかい?」
「でも…でも…」
「大丈夫、智子は僕が守る。だから…お願いだ…」
母様の想いをどうか無にしないでおくれ。
しゃくり上げる背中を摩り、露台の下を見下ろすと、轟々と燃え盛る炎から、命からがら逃げ惑う使用人達の中に潤の姿を見つけた。
無事だったんだ…
「潤先生!」
僕が叫ぶと、潤先生が一瞬辺りに視線を巡らせ、そして露台の上の僕達に目を止めた。
「先生、智子をお願いします!」
「分かった」
僕の意図を察したのか、潤が露台の真下で両手を広げた。
「いいかい、智子。ここか飛び降りるんだ。出来るかい?」
「怖いわ…」
「大丈夫、潤先生が必ず受け止めてくれる。潤先生を信じるんだ」
僕は智子を抱き上げ、手摺りの上に載せると、僕を振り返ってはいやいやをするように首を振ると智子の髪を撫で、
「僕もすぐ行くから、下で待っておいで?」
小さな背中を押した。