第10章 傀儡…
「せ、先生っ…、父様は…」
僕の問に、潤がそっと瞼を伏せ、首を横に振った。
そん…な…
父様が死んだなんて…
「う、嘘だっ…、そんな…、嘘だっ…」
僕は父様の肩を乱暴に揺すった。
「よすんだ…。そんなことをしても、もう…」
潤が取り乱す僕を諌める。
「兄さ…ま…、父さまはどうなさったの…? ねぇ、母さま…、智子分からないわ…」
それまで窓辺で蹲っていた智子が、ゆらゆらと立ち上がり、肩にかけた外套を床に引き摺りながら母様に歩み寄る。
「智子…!」
僕は咄嗟に智子の腕を掴み、自分の胸の中に収めると、ぽろぽろと大粒の涙を零し続ける両目を手で覆った。
「見ちゃ駄目だ…。見ないでくれ…」
鬼の形相を残したまま息絶える父様の姿も、返り血を浴び、それでも尚能面のような顔を崩すことなく立ち尽くす母様も…
一瞬でも智子の記憶に留めたくない。
僕は強く智子の小さな身体を抱き締めた。
「と、取り敢えず警察に連絡を…」
父様の遺体から離れ、潤が足を縺れさせながら部屋を飛び出して行く。
「翔…、お逃げなさい…。智子を連れて、どこか遠くへ…」
母…さ…ま…?
「な、何を言ってるんですか…。そんなこと…」
こうなってしまったのは、僕にだって責任があるんだ。
母様に全ての罪を擦り付けて逃げるなんて、僕には出来ないよ…
「私のことなら気にしなくていいから…、だから智子と…」
母様の手から包丁が滑り落ちる。
そしてゆっくりとした足取りで僕達の元へと歩み寄ると、真っ赤な血に濡れた両手を広げ、僕と智子を包み込んだ。
「私の可愛い子…。あなた達は…あなた達だけは幸せにおなりなさい」
それまでに見せたこともないような、聖母のような笑を浮かべた母様の目から、一筋の涙が零れ落ちた。