第7章 哀傷…
思いもよらなかった事実に戸惑いながらも、僕は智子の身体を清め、疲労感に満ちた身体をその隣に横たえた。
寝息を立て始めた智子の首の下に腕を差し込み、小さな身体を腕の中に収めると、吐精から来る倦怠感に身を任せるように、眠りへと落ちて行った。
深い深い…とても深い眠りに…
でもその眠りは、僕の肩を揺すった手と、母様の切羽詰ったような声によって無理矢理引き戻された。
「母…様…、どう…して…」
僕は覚めきらない目を凝らして、壁にかかった時計を見た。
どうしてこんな時分に…?
予定ではまだ帰ることはない筈なのに…
「あなたは…あなた達はとうとう…」
僕の肩を掴んだ母様の手に力が入る。
「さ、智子は何も悪くない、悪いのは…」
「お逃げなさい…。直に父様が帰ってらっしゃるわ。その前に…」
僕は意味が分からず、ただ戸惑うばかりで…
でも母様の様子がいつもと違うことは、白い頬を濡らす雫からも見て取れた。
「で、でも、智子が…」
母様が何をそんなに恐れているのか…それは僕には分からない。
でも智子を…愛しい妹を一人置いて行くことは、僕には出来ない。
「智子のことは心配いらないわ…。だから翔…あなたは逃げて…」
母様が僕を胸に掻き抱く。
それは母様から与えられた、初めての抱擁だった。
『哀傷』ー完ー