第7章 哀傷…
黙りこくったまま動けずにいる僕に、コツコツと踵が床を蹴る音が近付いてくる。
母様と同じ音で…
そして白い指の先を赤く染めた爪が僕の頬に触れ、赤毒々しいまでの赤い唇が僕を捕らえようとする。
「いけないよ、智子…」
一体どうしてしまったと言うんだ…
「あら、さっきは兄さまの方からキッスをして下さったのに?」
僕の頬から滑らせた手で、僕の唇の輪郭をなぞるように撫でる。
「や、やめるんだ…智子…」
僕はその細い手首を掴み、僕の身体に密着するように擦り寄せて来る小さな肩を押した。
「キャッ…」
僕が突き飛ばした反動なのか、智子が小さな悲鳴を上げて床に倒れる。
「す、済まない…、智子…。怪我は…」
「触らないで…、私に触らないで…」
智子の一言が、僕の胸に刃を立てる。
それは僕が初めて受けた、智子からの拒絶の言葉だった。
「ど、どうして…? そんな悲しいことを言わないでおくれよ…」
智子に嫌われたら僕は…
「兄さまも同じなのね…。私を…私を…厭らしい目で見てらしたのね?」
「違う…僕は…」
智子をそんな風に見たことは、一度だってない。
「じゃあどうして? どうして私の名前を呼びながら…あんなこと…」
「そ、それは…」
愛しているから…
智子を心の底から愛しているから…
だから…
「…穢らわしい…」
智子の蛇のような冷たい目が僕を見上げる。
母様と良く似た、能面のような顔で…