第32章 白薔薇※三日月宗近夢
ひらひらと桜の花弁が舞い散る中、少女は縁側で眠っていた。
障子にもたれ、手にしている湯呑みには花びらがひとひら浮かぶ。
その姿を、青年が少し離れたところから見ていた。
群青の髪に、藍色の狩衣を着た青年。
藍色の瞳に金色の輝きを含む美しい眼差しは、少女へと向けられていた。
彼女はまだ、何も知らない。
これから長い、長い戦いが始まることも。
その戦いに巻き込まれることも。
桜はまだ、何も知らない。
だからこそ彼は、時々彼女のもとに訪れていた。
「こんなところで寝ていては、風邪をひくぞ?」
「ん……あ、三日月さん、また来てくれたのですね」
瞼をこすりながら、彼女は三日月の姿を見ると、安心したような表情で笑う。
この笑顔。
疲れ果てた心を癒してくれるような、暖かな笑顔。
彼女がずっと微笑んでくれたのなら、何も要らないと本気で思った。
「今日も、一人か?」
「はい。今朝、探し物をしている人がお見えになっただけで……今は誰も」
彼女は、人ならざるものが視える。
他にも、失せ物の場所を言い当てたり、傷に触れるとたちまち治してしまう。
だからこそ親族に神の子と奉られ、彼女の力が濁らないよう外界から遮断するかのように離れで一人住んでいる。
「そうか……淋しいか?このような場所で、一人でいるのは」
「……今は、三日月さんが来てくれますから」
まだこんなにも幼いというのに、淋しいと素直に口に出すこともしないとは。
けれど、淋しいと口に出したとしても、三日月にはまだどうすることも出来ない。
三日月は複雑な気持ちになった。
「三日月さん、また色々なお話を聞かせて欲しいです」
「わかった。今日はいかなる話を聞かせようか……」
三日月は桜の隣に腰掛けると、懐から茶菓子を取り出す。
それを見て桜は微笑むと、新しい茶を淹れに行った。