第29章 沖田総司の脇差 零章※へし切長谷部
もう、触ってもらえないかもしれない。
そう考えると、胸が痛んだ。
そんなの、やだな。
「ねぇ、また……さっきみたいなこと、してくれる?」
触れるのは、今回限り。
そう言われる前に、また触ってほしいとお願いしてみた。
先手必勝って言うじゃない?
「………………わかった。だが、他のやつに知られたらその……規律の乱れに繫がるだろう。何か互いに合図を決めないか?」
長谷部は長い沈黙の後、ようやく了承してくれた。
良かった。
私は長谷部の提案にこっくりと頷いた。
合図かぁ、なんだか面白そう。
合図を何にしようかと考えていると、彼は国重と呼び合わないかと提案してきた。
なぜ、国重なんだろう。
そう思ったのが顔に出たのか、彼は自分を鍛えた刀工が長谷部国重なのだと丁寧に教えてくれた。
なるほど。
だから主は、女国重の私と縁があるのかもしれないと、長谷部を呼んだのか。
納得。
そしてその日から、長谷部は私を、私は長谷部を「国重」と呼ぶことにした。
特別な時、触れ合いたくなった時にだけ呼ぶ、秘密の合言葉だ。
ーー私は霧雨。
女が打った刀だからと、蔑まれたこともある刀。
茎に刻まれた「女国重」の銘が大嫌い。
だけど長谷部だけは。
私を霧雨じゃなく、「国重」と呼ぶのを許してあげる。
終?