第29章 沖田総司の脇差 零章※へし切長谷部
なんて、色っぽい表情をするのだろう。
そんな表情で見られたことなど、これまでにあっただろうか。
昔、大義を持って私を振るってくれた、かつての主。
新撰組の隊士であった彼は、京の呉服屋で客寄せの飾りとして掛けられていた私を、持っていた給金全てはたいてまで手にしたのだ。
繊細な彫り物に一目で目を奪われたと、彼は言っていた。
よっぽど気に入ってくれたのだろう。
その日のうちに、彼は茎に刻んだのだ、霧雨と。
だから私の茎の表裏には、銘と号が刻まれている。
大切なものには、証を残したいものなのかもしれない。
それなら今の長谷部も、かつての主と同じ思いを抱いているのかな。
よくわからない。
けれど。
「ヒトの身を得られて……よかった」
気付けばそう口にしていた。
「霧雨……っ、俺……はっ」
長谷部が何かを言いかけようとした時、何か盛大な音が私のお腹から鳴った。
ぐううって、ホラガイ吹いた音みたいな、変な音。
なんで、そんな音が私のお腹から聞こえきたんだろう。
「……え?」
呆気にとられていると、長谷部がくすくすと笑いだした。
え、なんで笑ってるの?
「霧雨、お前……仕方ないか、顕現したばかりだからな」
「霧雨、覚えておくがいい。それは体が空腹を訴えてる音だ。普通、女性はそこまで盛大に鳴らないと思っていたが、違ったようだ」
余程おかしかったのか、長谷部は目尻に溜まった涙をぬぐいながら、音の正体を教えてくれた。
そうか、お腹がへった音。
腹が減っては戦は出来ない。
確かに、こんな音鳴らしてたら、戦えないよね。