第20章 路地裏イチャイチャ? IN 三日月宗近
この世界に生きているようで、本当は生きてはいない。
桜は時折ふと、そう思うことがあった。
空を見上げても、誰かと話をしても、いつも付き纏う違和感。
その違和感の正体が何かわからぬまま、桜は日々を過ごしていた。
「あ、雨……」
桜は憂鬱な顔をしながら、空を見上げる。
空は厚い雲が広がっており、雨粒が桜の鼻先にポツンと落ちた。
「……近道して行こう」
まだ雨は弱々しいが、きっとこれから勢いを増すだろう。
傘を持っていなかった桜は帰宅を急ごうと、最近見つけた小さな路地の近道へと入っていった。
閑静な住宅街にある小さな裏路地。
消えかけてチカチカと点滅する街灯も多く、誰ともすれ違うこともないこの路地は、正直言って使いたくは無い。
だが、雨が段々と強くなっている今は、仕方がない。
桜の家まではまだ遠い。
彼女は走り出そうと肩に掛けた荷物をギュッと胸に抱く。
すると、桜の目に、いつもと違う光景が飛び込んできた。
「え……っ!」
路地の真ん中で、男が立っていた。
藍色の狩衣に、大きな刀を腰に差した、美しい人だった。
狩衣姿はこの場では違和感でしかなかったが、彼は凛とした佇まいで、桜に目を向けている。
男は雨に濡れ、男の頬を雨が伝っており、まるで涙しているようにも見える。
「あ、あの……?」
意を決して男性に声を掛けると、相手はゆっくりと桜へと近づく。
男は桜のすぐ側まで歩み寄ると、優しく微笑んだ。
「……桜」
穏やかな顔、そして声。
それなのに、どこか艶のある声に名前を呼ばれ、桜はドキッと胸を高鳴らせた。
「俺が、誰だかわかるか?」
「……えっと」
戸惑いながら、桜は必死に記憶をたぐる。
藍色の髪に、群青に金の瞳。
まるで、夜空に浮かぶ美しい三日月のよう。
こんなにも美しい相手なら、一度会ったら忘れるはずがない。
彼女は、彼を知らない。
桜はゆっくりと首を左右に振った。
「やはり、か。俺は三日月宗近、そなたの……」
三日月は落胆したような声で呟くと、桜の手をいきなり掴む。
強い力で引き寄せると、桜は三日月の腕の中に納められた。