第3章 MERMAIDは歌えない
「んー?なぜだァ?ソルト!oh…ソルトの香りだ」
ツッコみたい所が満載だが、どうやら家に帰るつもりが自分に酔いしれていたようで気づけば海まで歩いて来てしまったようだ。
そんな近場に海があるのかと問いたい所だが、実際に十四松は海の香りを身にまとい帰ってくる事も多いのでそうなのだろう。
いや、もしかしなくとも川から海まで泳いでいるのだろうが、この際流そう。川だけに...。
少し肌寒い海辺、月の光がキラキラと海面をうつせば道ができる。
「オーシャンに誘われたのかな?ふふん?」
わざわざカタカナに変える必要はあるのか、疑問でしかないがそういう事である。
「いーいウィンドウだ。」
ひゅうっと音を響かせ、月夜を行く風は冷たいが自由だ。どこまでも飛んで海の彼方までゆき、人に一時の安らぎを与える。
「...ふぅ、気持ちいいな」
とんでもない下戸の為にお酒ではなく、麦茶を飲んだはずなのだが下戸ゆえ麦茶で酔っ払っている。
場酔いというやつだ。
目を閉じて風を感じれば、海の香り。
両手を広げれば、夏の夜の風の心地良さ。
そして耳を澄ませば、波の...。
「...波では、ないな、これは?」
海の音と共に運ばれてくる優しい音。
少しずつその音に足を運んで行けば、見覚えのある場所にカラ松を誘う。と出会った石段だ。
月が雲に隠れたせいか、闇が濃いせいか、その場所はあまりに寂しげで冷たい。
そんな冷たい場所に一つの影...。
小さな影は亜麻色のギターを手に持ち、海に向かい音を奏でている。
聴いたこともない曲。
なのに何故か、胸に染みる音はさながら波の音のように心地いい。
海の風に巻き込まれて長い髪が闇夜に踊る。
一つに束ねられた髪、きまぐれに隠れていた月が顔を覗かせればはっきりと姿を現す。
「...?」
カラ松の胸の内を察したかのように、神様がイタズラを仕掛けた。