第29章 サクラ色の香りに想いを寄せて ( 岩泉 一 )
私の問いかけにも触れず、及川先輩はハジメ先輩に大きな声をかけた。
岩「あ?なんだ及川、トイレか?」
及「違うし!こんな公衆の面前でトイレとか言わないでよ!」
岩「じゃ、なんだ?」
及「かき氷が食べたいから買ってくる!だからさ岩ちゃん。ちょっとオレ行ってくるから紡ちゃんと一緒にまっててよ?場所は···」
そうだなぁ···とまわりをみまわしながら、及川先輩がある一箇所に目を向けた。
及「あそこ!あの大きな桜の木の下で待ってて?人混みだから、ちゃんと紡ちゃんと手を繋いで歩いてあげてよ?はぐれたら困るでしょ?絶対に繋いだ手を離しちゃダメだからね!」
岩「うるせぇな、お前こそ迷子になるんじゃねぇぞ?」
及「そうそう、オレってすぐ迷子になるからさ···って、なるかーい!じゃ、行ってくるから」
ぽんっ、と私の頭を叩いて及川先輩が人混みに紛れて行く。
その後ろ姿を見送りながら、そんなにかき氷が食べたかったのかな?と私は首を傾げた。
岩「行くぞ、紡。ほら、手ェ出せ」
私の目の前に差し出される大きな手をジッと見つめる。
岩「何してんだ、早くしろ?」
『あ、はい···』
少し躊躇いながら、ハジメ先輩の手のひらに自分の手を重ね合わせる。
私の手がすっぽり包み込まれてしまうほどの、大きな手。
ゴツゴツしてて、少しカサついてる···大きな暖かい手。
岩「行くぞ···人が多くて歩きにくいだろうが、絶対に俺の手を離すんじゃねぇぞ?」
少しだけ照れたように笑いながら、ハジメ先輩が私の手を包む。
『離せって言われても、離しませんよ?』
私も照れるのを誤魔化しながら、ハジメ先輩の顔を見上げて笑う。
岩「···上等だ。俺こそ、この手は絶対離してやんねぇからな」
そっぽを向きながらぶっきらぼうに小さく呟くハジメ先輩の手を、私も握り返す。
そこから伝わる熱は、まだほんのりとした暖かさで。
それはまるで、春の訪れと同じような暖かさだった。
この手は絶対離さない。
その言葉を胸にしまいながら、私達はゆっくりと歩き出した。
大きな桜の木までは、まだ···あと少し。