第10章 手の温もり一期一振
その日、一期一振は珍妙なものを目にした。
食事当番である彼は、朝食を作るため厨へと向かっていた。
厨に行くまでは、何部屋か連なっている刀剣男士達の部屋がある回廊を抜けねばならない。
その回廊を早足で通っていた時、それは突然目に飛び込んできたのだ。
「…………手、ですな」
障子を突き破り、手が出ていた。
一期一振はどうしたものかと逡巡するが、何も浮かばない。
弟達の部屋ならば、中に入って何事か確認するが、そうはいかない。
彼は突き出た手を見つめながら、部屋の主が誰だったのか思い起こす。
「……確か、この部屋は加州殿……だったかな」
加州清光。
彼はこの本丸で一番の実力者だ。
長く近侍を勤め、ひゅうがからの信頼も厚い。
だが、そんな彼の部屋の障子から手が突き出ている。
さらに一期一振は手を凝視する。
毎日鍛錬を欠かさない彼だが、おなじくらい身なりを整えるのも欠かさない。
彼のトレードマークでもある爪紅は、今は塗っていないようだが、手入れの行き届いたその手は白くて細く、まるで女人の手のようだ。
一期一振は長く見つめた後、ふと自分が急いでいることを思い出した。
「……加州殿は寝相が悪いようですな」
そして、一期一振は静かにその場を立ち去った。