第8章 桜の樹の下で 加州清光①
加州がひゅうがの部屋がある二階へと階段を登ると、こんのすけが部屋の前でちょこんと座っているのが見えた。
「こんのすけ?そんなとこで何してるの?」
こんのすけは加州を待っていたかのように、加州の姿を見ると彼の元に駆け寄った。
「先ほど、ひゅうが様が再び目を覚ましました」
「本当っ?」
加州は部屋に入ろうと襖に手を掛ける。
そこへ、こんのすけがさらに言葉を続ける。
「ですが、部屋にはいらっしゃいません。先ほど出て行かれました」
「出て行ったって……どこに?」
「……加州殿になら、ひゅうが様がどちらに行かれたのかわかるのでは?」
こんのすけはそう言って、階段を駆け下りていった。
こんのすけは時折、知っているのに敢えて何も言わない。
そんな素振りを見せる時がある。
ひゅうががどこに行くか、こんのすけがひゅうがに聞かないわけがない
「……ずるいやつ」
この本丸にひゅうがを連れてきたのはこんのすけだ。
ひゅうがを慕い、日々彼女のサポートをするこんのすけのことだ、加州が近侍としてひゅうがに相応しいかを試そうとしているのかもしれない。
加州はひゅうがが行きそうなところを思い浮かべた。
「…………」
よくひゅうがが行くのは、湖のほとり。
もしくは、ひゅうがは馬が好きで一人で馬の世話をしているから、馬小屋かもしれない。
「俺の部屋……は、ないか」
加州が外に出てみると、雲ひとつない夜空に月が懸かっていた。
まずは湖の方へ行ってみよう。
そう思って湖へと向かおうとすると、加州を引き止めるような一陣の風が吹き抜けた。
「……ひゅうが?」
風の音に混じり、鈴の音が加州の耳に届く。
加州が鈴の音がした方へ振り返ると、遠くにある桜の木が目に入った。
「……まさかっ」
ひゅうががそこにいるのを見たのは、あの日、あの一度きり。
だがきっと、そこにいる。
そう確信すると、加州は一目散に駆け出して行った。
第九章に続く