第5章 立てば芍薬 加州清光
背後からだと、加州にはひゅうがの表情が伺えないが、少しでも彼女の心が晴れてくれればいい。
加州は抱き締めていた腕を緩め、ふと周りを見ると、桃色の花がいくつも咲いていた。
「主、ねえ見て……綺麗な花が咲いてる。あれ?さっきまで花なんてあったかな……」
「咲いてたと思う……、咲いてたよ」
先程までは目に入らなかったが、ひゅうがの近くに芍薬の花が何本か咲いていた。
加州は一本だけ摘むと、ひゅうがの耳元に挿す。
「いーじゃん、すっごく似合ってる。主、可愛い」
「ありがとう」
ひゅうがは頬を赤らめながら加州に微笑んだ。
彼女の笑顔を見た瞬間、加州の胸が高鳴る。
加州は思わずひゅうがを正面から抱きしめた。
「主……」
加州は一層強くひゅうがを抱き締めると、耳元で囁く。
ひゅうがは身体をビクりとさせ、身をよじらせた。
「……っ」
「約束して。何かあったら、一番に……俺のこと、呼ぶって」
耳に唇を寄せ、低い声で加州がささやく。
「っ、加州……を?」
「……違うでしょ」
加州がひゅうがの耳たぶを甘噛みする。
優しく噛んでは、ビクリと反応するひゅうがに、加州はくすりと耳元でささやいた。
「き……清光を、一番に呼ぶ」
加州は腕の中からひゅうがを解放すると、顎に手をかけて持ち上げる。
「主が呼んでくれたら、真っ先に駆けつけるから」
そう言って、加州はひゅうがに口付けた。
優しく、彼女の柔らかい唇に触れては、離れ、今度は額に。
「今日言ったこと、忘れないで」
「……うん」
ひゅうがの頰は赤く染まり、瞳が潤んでいた。
その顔を見て、加州はこれ以上二人きりでここにいると、口付けだけでは済まなくなりそうだと焦る。
「じゃあ、そろそろ本丸に戻ろうか」
加州は立ち上がり、彼女の手を握ると、本丸へと歩き出した。
湖のほとりに残されたのは、無数の芍薬の花。
二人がいた一画にだけ、美しく咲き乱れていた。