第9章 波風
遠くから湊の声で「七華!」と聞こえた気がした。
けれど、私はそんなことも気にせず思い切り走った。
家に向かって思い切り。
頬には涙が伝い、後ろから追ってこようとして先輩に手を引かれ止まっている湊がいた。
家の中に入り、自分の部屋へと入ると涙がぽたぽたとさっきとは比べものにならないくらい流れた。
昔、一度だけ聞いたことがある。
「白野くんって先輩のこと好きなのかな?」
当時仲のよかった友人がいったことだ。
あの時はそこまで気にならなかった。
けれどあのことは本当にそうだったのかな?
そう、思ってしまいそうになる。
私は布団に潜り込み、しくしくと静かに泣きつづけた。
気づけば外は明るくなっていて学校に行く時間になっている。
あーあ、今日どうやって顔合わせよう。
私には不安がよぎった。
なので私は湊にメールを送った。
[今日は先に行くね。]
顔を合わせるのが嫌だった。
いや、違う。
真実を突きつけられるのが怖かった。
やっと、苦しい思いをしなくてよくなったのに。
自分の気持ちに嘘をつかなくてよくなったのに。
再び自分の気持ちをなかったことにしてしまう気がした。
もし、湊に別れたいと言われたら私はまた自分に嘘をつくんじゃないか、
自分に優しくしてくれた人間にすがってその人間さえも傷つけてしまうのではないか、
そんな不安がよぎった。
本当は今すぐにでも問いただしたい。
なんであんなことになっていたのか。
けれど怖くてそんなこと聞く勇気がなかった。
聞けないくらいなら顔合わせない方が自分が傷つかないと思った。
また、私は自分のことを守ってしまった。
今自分が存在していることが、
自分を守ってしまったことが、
自分に嘘をつこうとしてしまっていることが。
すべてに罪悪感を覚えた。