第5章 【番外編】いろは屋
暫しの沈黙の後、二人を見守っていたじぃが口を開く。
「ほっほっほ……イチも随分と商人らしくなりましたな。本物の絵か、よく言ったものです。」
場の空気を変えるように、明るく笑って見せる。
「吉右衛門様、大丈夫ですよ。イチは、どんなひいろ様でも受入れ、愛せるのです。そこまで愛せる人がいる。それ以上の幸せが他にありましょうか?」
はっとしたように、吉右衛門がじぃを見る。
そんな吉右衛門に、じぃは優しく頷いてみせる。そしてイチに向き直り、少し強い口調で話す。
「ただし、いいですかイチ。自分を粗末にすることだけは許しません。お前の心が死んでも意味はないのですよ。お前の幸せを願う者がここにもいることを忘れないで下さい。いいですね」
「はい」
泣き笑いのような笑みを浮かべ、イチが二人に頭を下げる。
そんな、男達の思いも知らず、別の座敷でひいろは一人、絵を描いている。
光秀のことを思い出し、家康のことを想い、紙の上で迷うことなく筆を走らせていた。