第23章 願い
ひいろの無事を共に願うものがいる。先程の一ノ助とは違い、素直にそれを望み口にする夜菊の存在に、腹の底があたたかくなる気がした。
不安も哀しみも怒りも恐怖も希望も願いも焦がれも、全てを腹の底に沈め、ただ、ただ、顔に出さぬよう、外に出ぬよう、悟らせぬよう、誰にも見られぬよう仕舞い込む。慣れたはずのこの行為が、このところ乱される。
が、それを心地よく思うほど、俺の内の何かが変わろうとしている。それがよいことなのか、仇となって出るのか、それさえも今はどうでもいいような気がする。
そう、ぼんやりと考える俺の背中を、丁寧に夜菊が流していく。湯煙の中、湯を使う音と夜菊の動く音だけが響く。
夜菊は何も語らず、黙々と丁寧に俺の背を洗いあげた。背に触れる指はあの夜とは違い、這い回すのではなく、慈しむかのようにその肌を撫でた。絶妙な力加減で繰り返される行為に、張り詰めていたものが、ほろほろと解かれていく気がした。
「ここでは、あたしのことは『あき』と、『おあき』とお呼びください」
洗い上げられた俺が湯に浸かると、はじめて見せる笑みを浮かべ、そう言い残しおあきは出ていった。
肩まで湯に浸かり、ゆっくりと眼を閉じる。
思い浮かぶは、御館様のこと。ことねのこと。皆のこと…。
「… ひいろ」
ふと、息を吐くように漏れた言葉はそれだった。頭以外の部分が求めているのか。自分で吐いた言葉が胸を刺す。
「 ひいろ… 」
先程よりもゆっくりと名を呼ぶ。その名とともに思いも溢れ出てしまうようで、噛みつくように口を閉じる。
はやく…眼を覚ませ
ひいろ…