第20章 動く2
湯を使い終えると、整えられていた着物に着替え部屋へと戻る。部屋の前に立つと先程とは違う何かを感じ襖を開けるが、中では女が一人で酒を呑んでいるだけだった。
「全部、流せましたかい」
変わりないように艶やかに微笑んで見せるが、その瞳には先程までとは違う光が宿り、まとう気配も変わっていた。隣に座るよう促され、座ると杯を持たされる。なみなみと注がれた酒を一気にあおると、乾いた身体に染み込んで腹の底が熱くなる。
無言のまま女がまた酒を注ぐ。その顔に一種の緊張の糸が見て取れたが、特に問うことはせずに注がれるままに杯を重ねる。用意された酒が終わる頃、廊下側の襖が開き先程の小女が現れる。それを待っていたように女が口を開く。
「馬の用意ができたようで。急ぎ安土へお戻り下さいな」
「……動きがあった、ということか」
小さく頷いた女の眼が鋭さを増す。
「先程つなぎが。嬢が…いろは屋ひいろが、拐かされたと」
胸の奥を鷲掴みにされたような痛みが走る。
予期していたはずなのに?
警戒していたはずなのに?
誰か側にいなかったのか?
俺が側にいれば?
俺が……
小さな疑問が答えの無いままに、浮かんでは消えていく。静かに呼吸を整え、思考を巡らせる。