第17章 離れる5【光秀編】
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店の者に見送られ、いろは屋を後にする。
たいして呑んだわけでもないが、あの酒の香りのせいなのか、ひいろがすぐ側を歩いているような気がした。いつかのように、さらさらと揺れる黒髪がひいろの香を運んでくるような、そん錯覚さえ思わせるようで、悪い夢でも見ているようだった。
「……なんて酒だ」
ため息と共に小さく呟く。
ひいろと結びつけているのは自分勝手な思いなのに、そうしなくては居られない自分が口惜しい。
結局、乱される。
あの小娘に、ひいろに……乱される。
たかだか、絵を描くことが終わっただけのこと。それだけのこと。
何が、
何が、そうさせたのか……
家康に思いを伝えたから……
俺は用済みになったのか?
俺が側にいなかったから?
何故、
何故、今、離れていく?
……ひいろ
引いていた熱が今度はその強さを増して、じわじわと身の内に広がりはじめる。まさかこれ程までとは思いも寄らず、今更ながらと途方にくれる。
少し立ち止まり、纏ったようについてくる酒の香を落とすように頭を大きく振る。
迷いの中に留まるのはやめておこう。俺は俺の場所に帰ればいい。自分の役目を果たせばいいだけだ。
大きく息を吐き歩きはじめる。
離れるならそれでもいい、離れていても止めてやることはできる。それでいいのかもしれない、俺らしくあるために。