第15章 離れる3【光秀編】
「戻ったぞ」
秀吉の声に続き、家康とその後ろに隠れるようにひいろが現れる。反射的に立ち上がった俺を秀吉が目で制す。
「ひいろちゃん!」
駆け寄ろうとしたことねを秀吉が優しく制し、その場に座らせる。
「ことね、大丈夫だ。ひいろは少し体の具合が悪かったんだ。でも大丈夫、家康もついてるからな」
その言葉に家康が頷き、ひいろも小さく頷く。俯いたままなのでよくは見えないが、黒髪の間からのぞくその肌は確かにいつもより蒼白い気がした。
家康に促されるようにひいろがことねの前に座り、家康がその横へ座る。ことねとひいろの間を取り持つように秀吉がその場に座ると、俺へと視線を移す。
「光秀、悪いが番頭を呼んできてくれ」
「あぁ」
軽く返事を返し、その場を後にする。
本当はすぐにでもひいろの側に行き、その肌に触れ、その存在を確かめたかった。
……そう、そのはずだった。
だが、ことねへの熱を思い出した今、その素直な思いは姿を隠し、訳のわからぬ後ろめたさが邪魔をする。
ひいろへ声さえ掛けられぬまま、隣の座敷へと続く襖を開ける。俺がいる間ひいろが顔を上げることはなかった。俺を見ることも、俺へと向ける気配さえ全く感じられなかった。
何もできぬまま後ろ手にひいろのいる座敷との襖を静かに閉める。
心の中でひいろの名を呼びながら。