第13章 離れる【光秀編】
「ひいろは乳母達を守れなかったことを今も悔いています。あの日から変わることなく、その思いがひいろを突き動かしているのです。自分に守られる価値があるとは到底思っておりません。むしろ自分以外を守るために命を落とすことになっても、ためらうこと無く全力で立ち向かって行くでしょう」
そこまで話すと一之助は一度目を閉じ、また下唇を噛んだ。
「どれ程話して聞かせても、ひいろは揺るぎません。己の身も心も命さえも惜しくないのです。自分が傷ついていくことに関心はなく、いつも危うい所におります。血に染まったあの日から自分の存在を認められず、自分を愛することもできない。迷いの中に堕ちたまま、それすら気付かずにいるのです」
眉間に皺を寄せ苦しそうな一之助の顔は、いつもの無表情な時とは違い、一之助の本質を素直に表しているように見えた。心の底からひいろの身を案じ、危惧している。そこにあるのは主家の娘だからという恩義か、それともひいろ自身への思いなのか……
ざわざわと胸の奥が騒ぎ立てる気がした。
俺の知らないひいろを知り、理解している男がいつもひいろの側にいる。番頭として、世話役として、それだけのことなのに、今まで当たり前に見ていた光景が違う意味を持つように思え、俺の心がまた騒ぎ立てる。
深く息を吸い、細く吐き出す。誰にも気付かれないよう、騒ぎ出した心を落ち着かせる。
ふと家康と目が合う。不機嫌さの奥の焦りの色がまた濃くなったように見える。家康の中でひいろはどんな存在となっているのだろうか。ざわりと胸の奥が、また音を立てた。