第11章 揺れる
そう答え小さくほほ笑むと、ひいろは隣に立つ一之助を見る。一之助が軽く目くばせをすると、ひいろの表情が一之助に甘えるように緩やかに変わる。
入り込むことのできない二人の空気感に軽く苛立ちを覚え、馬の手綱を握り直す。
「お嬢様が光秀様の帰りをお待ちしていたのは、確かなことでございます。どうか、明日の絵の仕上がりを楽しみにしていて下さいませ」
俺の心を見透かすように、一之助が声をかけてくる。表情は変わらぬものの、俺の心の奥の揺れまで見透かすように、眼鏡の奥の瞳が強く揺らめく。
「そうか、では明日を楽しみにしよう」
「ありがとございます。お気をつけてお帰り下さい」
「光秀様。また明日、会えますね。お気をつけて」
「あぁ、また明日会おう」
最後にひいろと視線を合わせ、馬の腹を蹴る。柔らかいひいろの笑みを瞼に閉じ込め、走り出す。風を感じ、御館様と秀吉の背を追い、駆けていく。
久しぶり会ったひいろに心が浮き立ち、家康と口づけをしたと聞き己の心を揺らし、素直に揺れるひいろの心に触れ好ましく想い、御館様と馴れ合うひいろの姿に心をざわつかせ、一之助との空気感に苛立ちを覚える。
ひいろに出会い、興味を覚えてからの俺の心は、遠い昔に置いてきたはずの淡くて青い心を思い出し、揺れている。それが、いいのか悪いのか……今は答えを求めることさえ臆病に構えてしまう自分がいる。
馬を止め、空を見る。少し寒さの感じる風を受け、高くなった空に、溜め息を投げる。
今になって、こんな想いに揺れるとは……
迷いを振り払うように、また馬を走らせる。ひいろに触れたぬくもりも振り払うように……。