第11章 揺れる
~安土城~
ひいろと別れたあの日から、一月(ひとつき)が過ぎようとしていた。季節は夏から秋にかわり、山の木々の葉が色付きはじめ、空の色も風の匂いも変わっていた。
御館様の命を受け安土を離れていた俺は、戻って数日過ぎた頃、ひいろに会いに、いろは屋へ足を向けた。
だが、ひいろには会えず、大番頭が『遠くに出掛けていて、しばらくは戻らない』と、静かに俺に告げた。その後、ひいろからもいろは屋からの連絡もない。
「待っていると、言ったのにな」
ひいろに貰った手拭いを手にし、我知らず呟いていた。
何処にも行かず、そこで待っていてくれるだろうという、自分都合の思い込みが己の首を絞める。待たせるのではなく、誰かを待つということは、こんなにも心が揺れるものなのかと、今更のように思い出し、自分を嘲るように小さく笑う。
自分を待つものなど誰もいないと思いこんでいた頃、ことね の存在が俺の心に気づかせた。なんの憂いもない笑顔で、「おかえりなさい」と必ず迎え入れてくれることねの存在が、いつしか俺の帰る所となっていた。
そして、ことねの言葉や態度から、御館様をはじめ、他の武将や家臣までもが、俺の無事の帰りを願い、待っていてくれること気づかされた。だからといって、何が変わるでもないが、ただ人のあたたかさというものに、久しぶりに触れた気がした。