第9章 【番外編】触れる ~家康編~
「家康様、ありがとうございました」
番頭はそう言うと、動きの止まった俺の横をすり抜け、ひいろの手をとる。そして傘の下、自分の隣へと導く。
隣を通る際、一瞬、ひいろと目が合う。花飾りが揺れ、ひいろの瞳も揺れる。
「まっ…………」
「家康様、こちらをお使いください。まだ、雨は強いですから。お嬢様のこと、本当にありがとうございました」
俺の言葉に被せるように番頭が言い、もう一本持っていた開いていない傘を俺に差し出す。それを受け取ると、ひいろと二人で頭を下げ、くるりと背を向ける。
一本の傘の下、番頭とひいろが並んで入る。雨に濡れないようにか、番頭の手がひいろの肩を抱く。
ぞわりと、胸の中の何かが音をたてる
ひいろの身体に、俺ではない男が触れる。その事が、どうしようもなく気になった。
何歩か進むと、ひいろが振り向く。番頭から離れ、俺に向き直り、雨に打たれながら頭を下げる。雨に濡れるその姿が、美しく俺の目に映る。番頭も向き直り、ひいろの上に傘を動かし、表情の読めない顔を俺に向け、頭を下げる。一瞬、その眼の光が鋭くなった気がした。
何も言えないままでひいろを見ると、いつもの伏し目がちな顔とは違う、まっすぐな瞳とぶつかる。唇が微かに開くが、すぐに閉じられ、視線も外される。そして二人は、一本の傘の下、寄り添いながら帰っていった。
俺はただ、そんな二人の背中を見つめ、ひいろが落としていった手拭いを、きつく握り締めていた。