第13章 We don't talk anymore (太宰治)
「ねぇ、もう少し近くにきたらどうなの。」
「どの口が言いますか。私のこと、何も言わずに置いていった癖に。」
「…怒っているのかい?」
「失望しただけです。」
最悪じゃないか。
仕方ないので私が寄ると、面倒くさそうにしながらも別に避けることはなかった。
「…なんですか。」
「…深愛はあの時一緒に足ぬけしようと言っても来なかっただろう?」
「自分の部下と、上司であり恩人である中也さんを置いていけって?姐さんだって悲しむし、第一首領に顔向けができません。」
敬語が壁を作って。
こちらを見ない凛とした目が、彼女が私をどれだけ嫌っているかを知らしめる。
その痛みに、私はどうしても耐えられそうになくて。
「…私が忘れられずにこんなに苦しんでいるのに、君はそうでもなさそうだ。」
私がそう言った途端、ピシャリと冷たいものがかけられる。
何事かと目を見開くと、彼女の泣きそうな顔が目に入った。
「ほんっと最低!何が苦しいよ!そんな平然と話しかけてきてさ!こっちがどれだけ探したか…!どれだけ寂しかったか!どれだけ…っ!」
ポロリ、と。
ついに彼女が涙を落とした。
「…大嫌い…。」
赤くなった目が、こちらを見る。
「治なんて…大嫌いだよ…。」
私は深愛を抱きしめた。
「離して…嫌いって言ってる…。」
そう言いながらも、抵抗はしない。
どこか虚ろで、どこか現実味を帯びた、そんな抱擁だった。
確かに彼女は私に手を回したのに、心が不協和音を奏でている。
「…無理矢理にでも…攫うべきだったのかな。」
私の言葉に、深愛は馬鹿じゃないの、と言う。
「私も逃げてたら、首領だけじゃなく、姐さんも中也さんも全力出した。捕まらないなんて無理。」
「じゃ、これが正解だったと?」
「治が去らないのが正解だったんだよ。」
元々闇の濃い人間なんだから。
そう言った彼女に、私は囁く。
「それなら…やっぱり私らしくいくよ。」
もう離さない。
逃さない。
(今夜君を攫ってしまおう。)