第5章 Closer (中島敦)
「ただいまー…って、誰もいないのか。はは…。」
しばらく前まで、鏡花ちゃんと深愛が、鏡花ちゃんの部屋が片づくまでここで夕ご飯を食べていたため、なんとなく誰かがいるような気がしていた。
先週ようやく汚かった僕の隣の部屋が片づき、鏡花ちゃんはそこに移ったのだ。
そんなことを考えつつ、部屋に入った僕は、直後後ろからの思わぬ重みに驚いて、叫び声をあげた。
「うわぁっ…て…深愛?」
後ろ手でバタン、と扉をしめた深愛は、僕の腰に腕を回したまま何も言わない。
背中にかかる吐息がくすぐったくて、僕はその腕を引き剥がすと、前から深愛を覗き込んだ。
「…っ、見ちゃだめ…っ!」
そう言って顔を勢いよく背けた彼女の目から、ポロッと涙が零れ、僕はぎょっとして、間抜けな顔のまま固まった。
「え…え…えぇぇええ!?待って待って!もしかして僕、何かしてしまったかな!?すごく傷つけたとか!どど、どうしよう!」
「違う!」
そうヒステリックに叫んだ彼女が、ポタポタと涙を落としつつ、細い細い、蚊の鳴くような声で、ぽつん、と呟いた。
「…ナオミさんと鏡花ちゃんに抱きつかれて…敦くん…嬉しそうだった…。」
「え?」
思わず目をまん丸にしたまま固まると、彼女は僕に前から抱きつくと、ぎゅうっと腕を巻き付ける。
「…敦くんは…私の彼氏なのに…!2人のことは大好きだけど…敦くんだけは駄目なの…っ!」
嗚咽混じりにそう言った彼女に、僕は思わず反射的に彼女を抱きしめた。
キスしたくて顎を持ち上げるが、拗ねてしまっているのか、涙目のまま頬を膨らませて、ちっともこっちを見てくれない。
それもまた可愛くて、僕は彼女の頬を掴むと、半ば無理矢理口づける。
最初は逃げようとしていた深愛も、やがて僕の首に腕を巻き付けて応えてくれる。
しかし、たまらず僕が服の間から手を差し入れた途端、彼女はそれを叩いて膨れっ面のまま腕を広げた。