第20章 Kiss me quick(太宰治)
「ねェ、深愛。」
「はい、太宰さん。」
にこやかに私が彼女の名前を呼び、彼女もにこやかに答える。
しかし、私の腹の中が真っ黒であることは、彼女にはお見通しなのだろう。
「キスしたいなァ、とか言ってみたり?」
「お断りします、とか言ってみたり。」
きっぱりと。
そう微笑んだ彼女に、私はむむ、と眉を寄せる。
「何故だい?」
「お仕事中なので。」
給湯室の台所。
二人きりの狭い部屋に、妙な沈黙が流れる。
程よく筋肉の付いた足の間に、後ろから私の膝が入れられており、彼女はキッチンに向かったまま少しも動くことができない。
そして私もまた、それを逃すまいと微動だにしない。
「いいかい?唇が触れ合うだけだ。大したことじゃない。」
ちょっとしたスキンシップだよ、と。
そう言うと、彼女はくすりと笑った。
「…なら、私が国木田さんとしても怒りませんよね?」
私は恋人としてのスキンシップは仕事中だから嫌だったんですよ。
彼女に言葉に、してやられたと思う。