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【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第2章 僕とおそロシア


『旅立ちの時・1』
※天寿を全うしたマッカチンとの話につき、苦手な方はご注意下さい。


勇利の振付の為にロシアにいた純は、早朝にかかってきた電話を寝ぼけ眼で取ったが、スマホの向こうから聞こえてきた涙声に、ベッドから飛び下りた。
最低限の身支度だけ済ませると、呼び出したタクシーに乗り込み、目的の場所へと移動する。
ドアベルを鳴らした後、すっかり泣き腫らした顔のヴィクトルが扉を開けてきた。
「すまない、こんな早くに呼びつけたりして」
「ええから。勇利は?」
「俺の代わりに色々してくれてる。ダメだよね、俺…飼い主なのに」
「そんなん、人それぞれや」
片手で顔を多い新たな涙を零し始めたヴィクトルの肩を、純は優しく叩く。
「何となく予感はあったんだ。長谷津に行く前にマッカチンの検疫もしなきゃいけないのに、何故かそんな気になれなくてさ。ずっと前から覚悟はしてた筈なのに…」
「すっかり冷たなってもうたなあ」
室温を下げたリビングに通された純は、かつて自分も愛犬を見送った時の事を思い出しながら、マッカチンの身体を撫でた。

(自分の競技人生が終わる頃、きっとマッカチンも寿命を迎えているのだろう)
昔から判っていた事だった。
しかし、老犬になっても元気なマッカチンを見ていると、ついこのままずっと一緒にいられるのではないだろうか、と錯覚してしまっていたのだ。
現役を引退したヴィクトルが、勇利と再び拠点を長谷津に移す前のロシアでの会見や諸々の手続きに追われる中、それでも帰宅すると、いつものようにマッカチンは自分達を出迎えてくれた。
ひとしきり戯れた後「おやすみ」と声を掛けると、マッカチンはひと声鳴いて、ヴィクトルと勇利の顔を舐めた後、リビングの寝床にその巨体を横たえた。
何気ないいつもの日常。
まさかそれが最期の逢瀬になろうとは、2人とも想像もつかなかったのだ。
そして夜中、妙な胸騒ぎと共に目を覚ましたヴィクトルは、そこで愛犬の異変に気づいた。
叫ぶようにマッカチンの名を繰り返すヴィクトルの声に勇利も起きると、突然の別れに呆然とした後で、共に涙に暮れていた。
受け入れなければという理性と、それでも割り切れない感情とで涙を止められないでいるヴィクトルに代わって、勇利は家の収納棚から持ち出した物でマッカチンの為の安置箱を作り始めたのだ。
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