• テキストサイズ

【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第2章 僕とおそロシア


『秘めたる熱情』


ヤコフ所有のコテージでのパーティーに招かれた純は、楽器の嗜みのあるギオルギーとピアノとチェロで何曲か即興の演奏をしていたが、ふと彼から「これを一緒にやってくれないか」と手渡された楽譜に目を丸くさせた。
「あら珍しい、この曲を楽器で弾くんか?」
「俺はどうも、自分の言葉や声で表現するのが不得手でな」
「ええ声してるやん。けど、僕のピアノで良かったら喜んで付き合うで」
多少酒も入って気が大きくなっていた2人は、少しだけ打ち合わせをすると、宴もたけなわなホール一体に程良くゆるやかな音楽を奏で始めた。
本来は歌曲であるこの作品は、ベートーヴェン最晩年の作曲であり、激しい交響曲やピアノ曲とは打って変わった爽やかなものである。

『彼女にキスをしようとしたが、彼女に「やめてよ大声出すわよ」と拒まれた。
でも、自分は彼女の抵抗もかわして強引にキスをすると、彼女はずっと後になってから悲鳴を上げた。』

そんな遊び心に満ちた歌詞に載せたベートーヴェンの甘いメロディを、ギオルギーはチェロで雄弁に奏でていた。
純のピアノに合わせていく内に、次第にギオルギーの中で曲とシンクロした感情が溢れていく。
(嫌よ嫌よも好きの内…か。結局貴女は、私の口づけを拒まなかった。それは私への愛ゆえか、そして私はそんな貴女の事が…!)
演奏を終えた純は、周囲からの拍手を受けながら、楽器を置いたギオルギーが、何処か恍惚とした表情で近づいてくるのを認める。
そして、

「ふんぎゃああああ!?」

曲の世界に入り込んだままのギオルギーの熱い抱擁と共に寄せられてきた唇に、全力で顔を背けるとあられもない悲鳴を上げた。
「…随分と演奏に反した美しくない悲鳴ね」
「ギオルギーの感受性が、上手く演技に作用すれば良いのだがな。そして…あの純とやらも、今後面白い振付師になるかも知れん」
アイスショーでのユーリの振付を思い出しながら、ヤコフはリリアの開けたワインにグラスを差し出した。

そんなヤコフの呟きは、数年後のギオルギー現役最後のシーズンに、純の振付でPBを出す事で実現されるのだが、今は知る由もなかった。


※曲のタイトルはベートーヴェンの「口づけ」。
/ 230ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp