第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『朴念仁の影』
「ホントにいいの?」
「勝手にすれば良いだろ。俺は、ここで寝てるから」
パラソルが付いたビーチベッドの下、ヴィクトルは困惑気味に尋ねてくる勇利に、やや不貞腐れた声で返すと顔を背けた。
「勇利、ヴィクトルは?」
「デコがああなったら、暫くはあかんわ。ほっとき」
オフの長谷津に遊びに来た純とピチットと一緒に海水浴へ繰り出したものの、出かける直前に些細な口論からヴィクトルが臍を曲げてしまったのだ。
「じゃあ、僕行くから。何かあったら呼んでね」
防水性のスマートウォッチを指しながら、勇利はそれだけ言うと純達の元へ移動する。
「…フン。見慣れたパートナーより、愛人と親友の方が大事かい?薄情な奴」
とは言うものの、自分の背中に日焼け止めを塗ってくれた勇利の手の温もりは、いつもと違わず心地良いものであった。
我ながら子供じみてると判っていながら、つい恨み言を呟いたヴィクトルは、いつしか寝入ってしまった。
時折喉を潤したり、人の気配に少しだけ眠りから覚める事はあったが、結局ヴィクトルがベッドから身体を起こしたのは、西日が傾き始めた頃であった。
上半身を伸ばしていると、純がピチットと一緒に近付いてきた。
「愛人と親友が、何の用?」
「機嫌は直ったか?」
「余計なお世話だよ。結局勇利は一度も俺のトコ来なかったし」
「あれ?気付かなかったの?」
ピチットの言葉にヴィクトルが訝し気な顔をしていると、純がパラソルを指差す。
浜辺の砂にパラソルを移動させた跡が残っているのを確認したヴィクトルは、次いで自分達から少し離れた場所で片づけをしている勇利の後姿を見た。
微妙に日焼けした背中と、ピチットのスマホ越しに寝ている自分の傍でパラソルの角度を変えている勇利の画像を見比べると、やがて「バカ」と口中で呟いた。
クーラーBOXに残っていた飲み物を手に勇利に近付いたヴィクトルは、その背に思い切り押し当てる。
「ぅひゃっ!?」
「オフとはいえ体調管理の大切さはいつも言ってるだろ?…今夜は、付きっ切りでケアしてあげる」
「ねえ、これから愛人と親友だけでご飯食べに行こうか」
「ええな。2人共、荷物は任せたで」
離れない2つの人影に向かって、純とピチットは笑いながら声を掛けた。