第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『ダチの贈り物』
毎度の純とヴィクトルによる口喧嘩に、勇利は「それ以上続けるなら、リンクの外でやって」と2人を追い出した。
喧嘩の原因は、大半が勇利のプログラムや振付を巡った意見の相違だが、この頃では互いのプライベートや趣向等についても言い争いをするようになっていた。
とはいえ決して険悪な関係ではなく、「喧嘩するほど仲が良い」の如く普段なら数日でケロっと仲直りする所だが、今回は競技シーズンが始まり勇利の遠征や、純も藤枝と国内ジュニア選手のフォロー等でろくに連絡できない日々が続いていたのだ。
遠征でロシアにいた勇利は、大会の合間にヴィクトルの買い物に付き合わされた際、彼がとある百貨店の陶器売り場にいるのを見つけた。
「どうしたの?あ、それ…」
「そう、以前あいつが物欲しそうに見てたヤツだよ」
陶器のティーセットを前に、ヴィクトルは不敵な笑みを浮かべる。
実家の商売柄、多少茶器類の知識や嗜みのある純が、ピーテルに来ていた時に「いつか買えたらええなあ」と、ロシア陶器の逸品を眺めていたのを、勇利は思い出す。
店員に梱包を頼むヴィクトルに、勇利が「純にお土産?」尋ねると「違う!アイツの目的を俺の財力でへし折ってやるだけだから!」とムキになりながら返してきた。
「珍しいなあ。お前が積極的にウチのコネ使うやなんて」
「普段ならこんな真似しいひんけど、量ばっか飲んでロクに酒の味も判らんデコ露助に、目に物見せる為や」
表には流通しないお得意様限定の酒蔵秘蔵の焼酎を、純は京都の実家経由で入手した。
つい意地もあって音信不通になっていたが、単純なあいつなら、美味い酒でも贈れば機嫌も直るだろう。
そう思いながら、遠征から戻ってきた勇利達に会いに長谷津へ向かった純は、自分と同じように箱を抱えた悪友の姿を見て、目を丸くさせた。
「え」
「あ」
互いに箱の中身に声を上げたのに気付くと、照れ隠しにそっぽを向く。
「アリガト…それと、この間は言い過ぎた」
「いや、僕も大人げなかったから」
「歳下のクセに、何それ?」
「あんたが年甲斐もない事ばっかするからやろ!」
「はい、2人共そこまで!」
折角良い雰囲気の中、再び暗雲が立ち込めそうになるのを、『正妻』と『愛人』を抱える男の声が遮った。