• テキストサイズ

【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第1章 僕と勇利、時々『デコ』


『リンクに立つという事』


リンクに轟いた珍しい人物の怒声に、周囲は一斉に純を振り返った。
グループナンバーの確認をしていた純の横で、シニアの女子スケーターの「今回のショーは新プロの良い練習台かな」という呟きの直後、純が怒りの表情で彼女に詰め寄ったのだ。
「もう一遍言うてみぃ。君は、ショーをただの練習場とでも思うとるんか?私の練習を金払って見に来なさい、とでも言うつもりなんか!?」
「純!」
声を荒げて叱責する純の先で、その女子スケーターがすっかり怯えてしまっているのを見た勇利は、咄嗟に彼に呼びかけた。
その声に我に返った純は、涙目になっている彼女に謝罪する。
「堪忍。こんな大の男にいきなり怒鳴られて怖かったよな…けどな、今こうして僕らがアイスショーで滑れるんは、僕らよりずっと上の先輩らが、長い間頑張ってきてくれたからやねん」
彼女の目線まで腰を落とすと、純は言葉を続ける。
「アイスショーのチケット代、なんぼかかるか知っとるか?安い席でも1万円弱、アリーナなら倍以上や。簡単に出せる金額やない。それでも、お客様はチケット代一所懸命工面して、皆のスケートを楽しみに来てくれはるんや」
「…」
「君ら選手が調整大変なのは判っとるけど、ほんの少しでええから自分がショーのリンクに立つ意味を、それを観てくれはる人の事を考えて欲しい」
最後にもう一度彼女に謝罪した純は、リンクを出て行った。
暫し周囲は妙な沈黙に包まれたが、
「そりゃ、引退した人はショーに集中出来るけど、こっちは大変だっつーの。選手だった癖にそんな事も判んないのかよ」
「へぇ。じゃあ君は、今のあいつにスケートで勝てるのかい?」
「ヴィクトル・ニキフォロフ!?俺、いや僕は、あくまで現役の立場からいち意見を…」
「…といっても俺、君の名前もスケートも知らないや。あいつと違って」
憎まれ口を聞いていた若い男子スケーターは、直後勇利に同行していたヴィクトルに声をかけられ動揺するも、続けられたかつての皇帝の冷たい一言に凍り付いた。

その後、頭を冷やしてリンクに戻った純は、先程より真剣に練習に打ち込む若い彼らの姿に暫し目を丸くさせた後で、嬉しそうに笑った。
/ 230ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp