• テキストサイズ

【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第1章 僕と勇利、時々『デコ』


『自給自足の風雅人』


スポットライトを浴びて滑る純の姿に、観客が一斉に引き込まれる。
20代半ばで早逝した歌人の短歌を詞にした日本歌曲のテノールが、振付と共にさらなる効果をもたらしていた。
「流石は純。和プロならお手の物だ」
「あのスローテンポの曲に、上手くスケーティングを合わせているね。日本のアリアというのがいかにもアイツらしい」
勇利とヴィクトルの『離れずにそばにいて』とは違った魅力の純の『初恋』は、観客だけでなく、同じショーに出演するスケーター達も注目していた。

かつて長谷津の優子から「純くんの演技は、ショー向きだと思う」と言われた通り、競技を引退した今でもアイスショーでの純の評価はそれなりに高く、振付師としても、競技プロよりEXの依頼が多かった。
もう少し競技プロの振付にも力を入れるべきかと悩む事もあるが、藤枝やベテラン振付師の宮永から「得意分野があるのは良い事だ。今は焦らず失敗を恐れず、色々挑戦してみろ」というアドバイスを受け、試行錯誤の日々を送っている。
そして、アイスショーで自作のプロを自分で滑る事で、純自身がスケーターとしても現役である事をアピールしているのだ。

上体を反らせたまま、ディープエッジでイーグルをする純の表情が、憂いを帯びる。
胸の前で交差された腕が、過去の初恋の痛みを抱えているようにも見え、それに合わせて円熟しきってはいないが、真っ直ぐさを孕んだテノールの美声も手伝い、周囲から感嘆のため息が漏れる。
「まさに純くん!あだ名の通り雅やかばい!」
「綺麗…僕、いつかこのプロ滑ってみたいです!」
後輩の南と礼之が、リンクの純にうっとりとしている横で、藤枝が今日に至るまでの恋人の楽屋裏を、脳裏に反芻させる。
『何が悲しゅうて自分のプロの伴奏せなあかんねん…どうせ僕は、豪華な歌手もピアニストも雇えへん貧乏で、ついでに器用貧乏なんや!』
『知人の伝手で歌手も呼べたし、いいじゃないか。歌手も彼の先生もお前の伴奏にOKを出してただろう』

(…ヴィクトル程ではないが、充分プロデュース能力がある。お前は俺の誇りだ、純)
最近益々輝きが増してきた恋人に、藤枝は少しだけ口元を綻ばせると、眩しそうに目を細めた。
/ 230ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp