第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『呼び名の大切さ?』
大阪で開催されたアイスショーに参加した後、取材や今シーズンからついたスポンサーのCM撮影等で勇利が留守にしている間、ヴィクトルは「知り合いの伝手でインポート中心顧客限定バーゲンの招待券貰うたから、一緒に行かん?」という純に誘われ、気晴らしも兼ねてそのバーゲンが開催されている展示場まで出かけた。
「『サユリ』、このジャケット他のサイズないかスタッフに訊いてよ」
「ねえねえサユリ、勇利のネクタイどっちが良いと思う?」
「サユリー」
「…何でアンタにまで、サユリて呼ばれなあかんねん!」
『サユリ』とは、かつて現役時代の代名詞とも言われたプログラムから、ユーリ・プリセツキーにつけられた純のあだ名である。
買い物を楽しむのは結構だが、ヴィクトルにまでその呼び方をされるのは、はっきり言って良い気がしない。
自分の買い物よりヴィクトルの通訳その他につきっきりとなった純は、時折会場の主に女性客から黄色い声と共にスマホを操作する音を耳にしたが、最早それらに抗議する気力も失せていたので放置した。
『大阪の某展示会でヴィクトル・ニキフォロフ発見!ずっとサユリって人と一緒だったみたい!』
『サユリって誰?ヴィクトルの大阪の現地妻!?』
『マジか!?ヴィクトルの恋人は、勝生勇利じゃなかったのかww』
『すわ、浮気相手かよw』
その夜のスケオタSNS界隈では、上記の話題で持ちきりになっていた。
「違うからね!デタラメだからね!俺がそんな事する筈ないでしょう!?」と大量の買い物と疲労困憊の純を隣に弁解するヴィクトルに、勇利は心なしか冷ややかな表情でこう返したのだった。
「僕は直接見た訳じゃないから、何とも言えないけど…本当に純と一緒だったの?」
その日を境に、ヴィクトルは純を『サユリ』と呼ぶのを止めたという。
【追記】
「勇利。君、デコが僕と一緒やったの判って言うてるやろ」
「これ位の意地悪はさせてよ。こっちは苦手な取材で大わらわだったのに、2人で楽しそうに」
「──ちっとも楽しくなかったわ!」