第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『特別な場所』
フィギュアスケーターにとって全日本選手権は、実に特別な大会である。
近年、本当にやむを得ない事情が発生した場合に限り、特例という救済措置が設けられるようにもなったが、それでも「世界選手権や五輪に出場したければ、その最終選考会である全日本への参加は必須」が鉄則である。
故にどんなにベテランの選手でも、ワールドや五輪の出場権を賭けて戦う全日本は、他のどの大会よりもひとしお緊張するという。
そして、全日本を目指すスケーター達の想いは様々だ。
ある者は、地方大会から予選を勝ち抜き、憧れの全日本のリンクに立つ喜びを噛み締める為に。
勇利(皆と…そして、ヴィクトルと戦う為にも)
ある者は、世界のライバル達との決着をつける為に。
礼之(ジュニアの僕の力が、どこまで通用するのか。シニアであの『ロシアの妖精』にリベンジする為にも…!)
ある者は、今の自分の実力を試す為に。
南(可能性はゼロやなか。おいの力の限りを振り絞って、戦い抜いてみせるけん!)
ある者は、僅かな望みを賭けて世界への切符を手にする為に。
そして、
純(これが僕のスケート人生最後の試合…悔いのないよう精一杯やり切ったる)
──ある者は、己の競技人生に終止符を打つ為に。
「全日本に上林が戻ってきた!こりゃ、久々に勝生との対決あるか?」
「でも純くん、膝やっちゃったしキツいんじゃない?予選から勝ち上がってきたのは流石だけど」
「勇利くん、GPF凄かったもんね。やっぱ代表は決まりかな」
「いや、全日本のリンクには魔物が棲むというし、去年みたいな超波乱の可能性もゼロじゃないぞ?」
「こないだB級大会で優勝した南くんも、着実に力つけてきてるし、ジュニアからあの『青い瞳のサムライボーイ』も参戦するしね」
「来季、シニアに上がるのどうのって噂流れてるけど、どうなんだろ?」
「まさか、シニアはフィンランド代表で、とかないよな?」
「とにかく、皆頑張って欲しい!」
そんな様々な人間の思惑の行方は、おそらく全日本のリンクだけが知っている。
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